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鹿児島旅行記その2

2月の旅行記の続きです。
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桜が散ってます。雪のようにはらはらと、絶え間ないですね。咲きだしてから散るまでなんて短い時間なのでしょうか。2月の鹿児島旅行で知覧の特攻平和会館を訪れた時、いろいろな思いを抱きましたが、今桜の散るのを見ると思い起こされます。

特攻の方たちのことについては、たくさんの方が話されたり書かれたりされてるし、私ごときがあれこれ述べるにはあまりに重過ぎて、筆が止まってしまいます。

特攻兵の方たちがよくくつろぎに訪れていた富屋食堂
富屋食堂

ただ、ある一人の方が「まだ見ぬ未来の恋人よ」と手紙で語りかけていたのを読んで、ほんとうに胸がつまりました。そんなに若い人だったのか、と。まだ人生の入口に立ったばかりの人だったのかと。それから展示されている飛行機のどれもがかっこいい様を見て、あの人たちはあの飛行機にあこがれて飛行機乗りになったのだろうなあ。その飛行機諸とも自らの命も絶たなければならなかったのは、ほんとうに辛かっただろうと思いました。富士山によく似た開聞岳を目指し、主翼をさよならのようにパタパタと振って飛び立って行ったと聞きました。

開聞岳
開聞岳


今はそれも歴史の一頁となってしまったかのようですが、鹿児島では歴史が息づいています。みんな忘れることなくそこにあるのですね。

さらに遡って、幕末の動乱に表舞台、そして裏舞台で活躍された方たちの足跡もそこここに残っています。

全国で大人気の鹿児島の芋焼酎。森伊蔵という名前も、飲まない私でも聴いたことがあったくらいです。ブームですよね。今回の旅では、芋焼酎の工場を見学してまいりました。工場はさほど大きくないのですが、全行程を順に解説付きで見ることができます。その説明をしてくださった大山さんは、浜崎太平次の子孫なのだそうです。浜崎太平次とは誰でしょう?彼がいなかったら、明治維新もままならなかったかもしれません。詳しくはこちらをお読みになってはいかがでしょう:

指宿の太平次
http://www.murocho.com/aji/shoyu/shoyu21.html

簡単に言うと、日本初の国際貿易の豪商ですね。そしてその潤沢な資金で薩摩藩を強力に支えた人です。

銅像の前で
浜崎銅像

そのご先祖を敬ってつくられた芋焼酎
img55429420.jpg

中俣合名会社
http://www5.ocn.ne.jp/~nakamata/index.html

薩摩藩島津家と言えば、篤姫。一昨年の大河ドラマですね。仙厳園、これは島津藩別邸を現在保存公開しているものですが、そこには立派な門がありまして、それは嫁ぐ篤姫が父の斉彬公とお別れを交わした場所なんだそうです。そのままに残されています。

篤姫の門
篤姫門

外様大名でありながら、幕府は島津藩のその実力に恐れを抱いていたのでしょう。また島津藩も、幕府を盲従することなく、いついかなる時でも独立の心を絶やさなかったのでしょう。篤姫はそんな二つの大きな力をつなぐ大事な要であったのだと思います。

先ほどの浜崎太平次の血縁の方のこと、そしてそのままに残された篤姫の別れの門などを見ていくと、明治、そして江戸時代というのが、ただの時代劇やドラマの中にあるものではなく、ずっと現在にまでつながっているのだなあって実感することができました。鹿児島の歴史をひもとくには、他にも

薩摩伝承館
http://www.satsuma-denshokan.com/den/index.php?id=1
知覧武家屋敷庭園
http://kyushu-tabi-gourmet.seesaa.net/article/138206412.html

など、まだまだ尽きません。

私の話も長くなってしまいましたが、もう少しお話したいことがあります。桜島のことなど。申し訳ないけど、次のエントリーに続きます。。。

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