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「そときち」から「そよいち」へ

本日は突然の休業、ほんとうに申し訳ありませんでした。姉が少しばかり胃のほうが弱ってしまって、ここは無理をしないで休ませていただきました。もうすっかりよいとのことで、明日はまた通常通り営業させていただきます。

お話変わって本題とさせていただきますが、8月1日よりお店の名前が変わります。「そときち」から「そよいち」へ。

父の名前外吉からつけた名前、1年近くに渡ってすっかりなじんできたところで、なぜ名前を変更しなければならないのか、その理由は、商標登録の関係でクレームが届いたからです。ほんとうに残念です。私たちも出願していたのですが、たった11日遅れのために登録かなわず、変更を余儀なくされることとなりました。先方と交渉して1ヶ月待ってもらい、看板や暖簾などを大急ぎで作り直しました。どうやら1日にも間に合いそうです。

何よりお客様がご困惑なさらないかと、それだけが心配です。お店の名前は変わりますが、味やお値段、場所や電話番号などいっさい変わりません。このブログもタイトルは変えますが、URLはこのままで続けたいと考えています。どうぞ、ご安心なさっていままでに変わらぬご愛顧お願い申し上げます。

新しい名前「そよいち」とは、人形町一丁目の横丁に吹くそよ風という意味です。お店のあるこの路地は、たった1本裏通りになってはいますが、とても密やかで落ち着いたいい路地なんですよ。今は暑い日々が続いておりますが、時折流れる気持ちのよいそよ風に、野良猫さんたちものんびり昼寝しています。

路地猫2

皆様がお気軽に足を向けられる、小さな楽しい横丁です。「そよいち」どうぞ、覚えてくださいませ。

お店のロゴも変わります。
sotokichi.jpgからそよいち


なんだか同じみたいですか? 間違い探しみたい?(笑)

そうなんです。少しでも前のなじんだ形を残したくて、それが今度の名前にした理由のひとつでもあったんです。「そときち」のロゴは、人形師のジュサブローさんに書いていただいたものでしたが、今回のこと申し訳なくて、姉はおわびとお知らせにジュサブロー館へ先生に会いに行きました。ジュサブローさんはお気を悪くされるどころか、「また書いてあげるよ」っておっしゃってくださって、急いでいる事情までお考えくださって翌週には自筆の書を届けてくださいました。ほんとうに恐縮しました。それをまたM先生がロゴにしてくださって、それを看板屋さんや暖簾屋さんに送りました。業者や職人の方達にも無理をお願いしました。おかげさまで期日に間に合わす事ができたのです。ここに来て、またまた多くの方に助けられました。なんて幸せなお店でしょう。頑張らないわけにはまいりません。

どうぞ、皆様、これからも「そよいち」をよろしくお願いいたします。

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本日休業

誠に勝手ながら、本日、休業させていただきます。申し訳ありません。

またのご来店心よりお待ちしています。

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ポークソテー物語

空襲で焼け出された父と母は、戦後神田から人形町へ移り、今の商店街のあたりに屋台を出して商売を始めたそうです。戦前神田では、母の母、私の祖母がおでんなどを商っていたのだそうですけど、これからは洋食のほうがいいと考えた父は、やがて少しづつ明るくなってきた経済の波に助けられて、小さなお店を持つことができました。名前は、気楽に食べれる洋食、「洋食気楽」、いや、洋風にカタカナにしよう。「洋食キラク」だ。

皆さんは、キラクは地下鉄の駅の隣でいい場所だねえっておっしゃるけど、お店ができたのは駅より先なんですよ。駅ができるときの工事、毎日音がうるさくて大変だったなあ。隣のビルなんて傾いちゃったんですよ。隣のビルは立て直すためのお金を地下鉄さんからいただいていたようなのですけど、なかなか立て直すことができないうちに売りに出され、持ち主が変わってしまって結局そのままなんです。地震がきたらちょっと怖いなっていつも思ってました。

父はオーナー。コックさんを雇ってお店の経営。何代目かのコックさんがとても腕がよくて、今のキラクの味の基礎を作ってくれました。父は元々料理好き。口もおごってました。貧乏だったけど、そういう人だったんです。だから、いつのまにか自分も厨房に立つようになってしまいました。見よう見まねで一緒に作り始めたのです。

腕のいいコックさんから言わば、盗んだ洋食の技術。だけど、肝心の味のほうは、父はやっぱり自分がおいしいと思うようにアレンジしていったんですね。

他のお店でポークソテーをたのむと、デミグラスソースというかステーキソースというか、そういう洋風なソースで味付けられたポークソテーが出てくることが多いですね。キラクも最初はそうだったんです。だけど、そのソースがどうしても自分でおいしいと思えなかった父は、ある日、お客様がとんかつに醤油をかけていたのを見て、「そうだ、日本人なんだから、醤油でいいじゃないか」とひらめいて、たくさんの試行錯誤の末、バターと醤油の幸せな結婚。でも、この二人の生活を彩るガーリックのフレイバーが加えられたのは、けっこう後のことです。

東京というのは、案外ニンニクをありがたがらない土地だと思います。江戸前の料理に、ニンニクが顔を出していることって少ないのではないですか?

だから、初期のポークソテーには、ニンニクは入ってませんでした。とあるお客様、もうおなじみさんってレベルの方じゃなくて、ちょっとわがままなので、父なんて嫌がってたくらいの方。でも別に暴れるわけではないし、今だったらお客様としてごく普通のことをおっしゃっていただけだったのかもしれません。父がわがままだったのかな(笑)

その方のお好みだったんですよね。ソテーに、ニンニクのすり下ろしをつけてくれって言うんです。父は、当時、それは料理がまずくなるっ!と引き合わなくて、そのお客様に「もう来んな!」「二度と来ねえよ!」なんて顛末のこともたびたび。だけど、2週間もすると、またご来店くださるんです。けんかしてても父の作るトンカツやソテーがお好きだったみたいなんですよね。

父もいつしか根負けしたのか、あるいは、試しにやってみたら、ニンニクがソテーにぴったりだってことにようやく気付いたのか、ニンニクを添えるのが当たり前になっていきました。今でも毎度「ニンニク入れますか?」と聞くのは、ニンニクが苦手な方がいらっしゃるからという配慮からです。北海道生まれの夫に言わせると、北海道なんて料理にニンニクが入っているのは当たり前。あっちだったらいちいち聞かないよ、だとか。それどころか自分でいつでも入れ足すことができるように、ニンニクの摩り下ろしが辛子のように卓上に置いてあるそうです。まあ、ラーメン屋さんとかの話ですが。

そのお客様は、父よりだいぶ早く亡くなられました。父はまだ現役で店に立っていました。お客様の娘さんが、あとで、「最後にもう一度、キラクのトンカツ食べさせてあげたかったよ」っておっしゃってました。ほんとに。ねえ、あともう一度だけでもって思います。今は、父もあっちに行ったから、けんかしながらカツでもソテーでも作ってあげてるかもしれません。

…… それくらいしてあげてもいいでしょ、お父さん。だって、ポークソテーをおいしくする秘訣を教えて下さった方だもん ……

これで今のポークソテーが完成したわけではなくて、他にもいろいろな工夫が生まれていきました。その父の隣に姉が立って、肉をいじりながら、ああでもない、こうでもないとやりあってます。でも、一人で眉間にしわ寄せてぶつぶつ言ってるより、二人で研究しあっているほうが、健全で楽しかったのではないでしょうか。

「そときち」のポークソテー、父のポークソテー。そのそばにいつも立っていた姉。今、ポークソテーは、親子2代のちょっぴり歴史のある味になりました。

お店の場所は違うけど、おなじみの味、召し上がってくださいませ。

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本日営業!

本日は祭日ですが、「そときち」は通常通り営業いたします。ご来店、心よりお待ちしています。

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セラピードッグと父

時々コメントしてくださるムーンライト様が、ご親切にも父が映っている番組の録画を送って下さいました。その番組は「ボランティア21」。今回は大木トオルさんが運営されている国際セラピードッグ協会を取材したものです。

その中で、チロリというほんとうに賢くてリーダーシップのあったセラピードッグに、父が触れ合っているシーンが映っていたんです。もう父も亡くなって5年目ですし、チロリとこうして楽しく過ごしたのはそれからさらに1年以上前でしょう。

父は、晩年中央区のシルバーウィングという特別養護老人ホームにおりました。新しくて明るくて、とてもいい施設です。近いし、キラクの休憩時間に毎日のように父に会いに行くことも容易くて、ありがたかったです。

でも、それでも父にとってはさみしい味気ない日々だったかもしれません。会いに行っても、うすぼんやりとした目をして、話しかけてもあまり答えてくれない。現役中は、遠くからでも通る声で(大きな声なんですよねえ、体は小さかったのに)、誰かと喧嘩でもしてるの?!ってびっくりしてあわてて行くと、ただ電話してるだけだったりとか(笑) ほんとに元気な人でした。お店が終わってから自分で車を駆って、千葉の海まで夜中にドライブ。夜明けに大物釣りを楽しんでくるという強行な休日が当たり前だったんですよ。それを80代はじめくらいまでやってましたけど。

さすがに86を超えて、秤のメモリもよく読めなくなって、火元のそばに立つのも覚束なくて危ないので、無理にでも引退してもらったんです。父は寂しがって、とても嫌がっていました。でもお店を無事にやっていくには仕方なかった。お客様にもずいぶんさみしいとの声をいただいたっけ。

シルバーウイングにはすぐに入れたわけではなく、姉の自宅に父を引き取って世話したり、いろいろやったけど、お店の仕事と両立がむずかしく、中央区の福祉にお願いして、施設が開いた所で入れていただきました。安全面ではむしろずっと安心できました。

でも、父は好きだった野球さえ見なくなっていったし、生きる楽しさも忘れて行ってしまっているようでした。それで、姉が大木さんに直接お願いにあがったんです。

大木さんのお知り合いの方からうかがっていたんです。大木さんが、人を癒す立派な犬を飼ってらっしゃると。セラピードッグ。

それまでは、中央区ではセラピードッグはあまり普及していなくて、これをいいとっかかりにして大木さんは、中央区のあちこちの施設に働きかけてくださったんです。おかげで、とうとうシルバーウィングに週に1回犬たちと高齢者の方々の触れあう機会が設けられるようになりました。

もちろん父も大喜びでした。ムーンライト様が送って下さったDVDに入っていた父とチロリのワンシーンはその時のものでしょう。

キャプチャ

父の動いている姿、チロリと触れ合って微笑んでいる姿、ほんとうになつかしく、胸がじーんとしてきました。チロリも、この後数年後に亡くなってしまって、命の限りを改めて意識させられましたが、でも、私の胸の中には、今でも、暖かい思い出があるのです。

父の晩年に灯りを灯してくれたチロリ
チロリ

銀座のたもとに銅像があります
チロリ像


今の店になっても、父のことを話題にされるお客様があります。「釣りが好きだったねえ」なんて。人が覚えていてくれるうちは、命は続いているのかもしれませんね。父は、今も私たちのこと見守っているんだろうなあ。笑顔で見てくれているといいんだけど。

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プロフィール

そよいち

Author:そよいち
下町人形町の
昔ながらの洋食
「そよいち」です
↓ホームページはこちら

ようこそ、そよいちへ



誠に勝手ながら、4月2日から10日まで、臨時休業いたします。

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